株式会社きんでん
笹生 健司
ふとした瞬間に口をついて出るこのひと言に、現代の元号事情が凝縮されている気がする。西暦表示が当たり前になった今、日常感覚は「2024年」「2025年」で動いているのに、ときどき不意に元号(和暦)表記が現れる。昭和は+25年で計算できるが、平成になると「2000年は平成12年だったはずだから……」と一度立ち止まり、令和に至っては、もはや冒頭のひと言になってしまう。周りを見渡してみても西暦と和暦が並列表記されているものは、新聞くらいしかないのではないか。カレンダーもスマホもほとんどが西暦表示のみだ。
西暦がほぼ標準語になったのは、いつ頃だろう。大きな転機は、一般に2000年前後とされている。いわゆる「2000年問題(Y2K)」をきっかけに、企業や官庁の情報システムが一斉に見直され、「年」は西暦4桁で管理するのが当たり前になった。さらに2000年代以降、メールやウェブサービス、オンライン予約などが生活に入り込むと、登録フォームや利用履歴はほとんど西暦一択になっていく。2010年代には、グローバル化とスマホの普及も重なり、ニュースサイト、カレンダーアプリ、ネットショッピングの明細など、日々目にする日付表示の“デフォルト”は完全に西暦寄りになった。結果として、多くの人にとって「時間を考えるときの基準」は西暦になり、元号は「必要なときだけ変換するもの」へと後退していった。
私は歴史小説やドラマはもちろん戦国時代を取り上げた有名なゲームにもどっぷりとはまる戦国時代ものが大好きな人間である。しかし、「永禄」「元亀」「天正」といった元号が並ぶと、「何年だよ!」と思ってしまう。明治以降は一代の天皇につき一つの元号となったが、明治以前は天災や吉兆などに基づいて改元されていたらしい。戦国時代のスタートを応仁の乱の1467年とすると、徳川家康が征夷大将軍となった1603年までのおよそ140年間で元号は16もある。到底、覚えられるレベルではない。大河ドラマや歴史小説に西暦表記が似つかわしくないのもわかるのだが、本当に並列表記してほしいものだ。
話がそれたが、元号とどう付き合うかは、「不便さ」と「物語性」のバランスだろう。日常の基準は西暦に置きつつ、いざというときに困らないよう、簡単な換算の“コツ”だけ頭の片隅に置いておこう。正確に書くと
○令和は「西暦から2018を引く」(2024年−2018=令和6年)
○平成は「西暦から1988を引く」(1995年−1988=平成7年)
○昭和は「西暦から1925を引く」(1970年−1925=昭和45年)
という換算になるのだが、4桁も覚えていられないという私みたいな人は、下2桁だけ覚えれば充分だ。「25」は体に染みついているので、令和の「18」を「018(れいわ)」と覚えれば、「88」もゾロ目なので忘れずに済みそうだ。
そんなふうに、ふだんは西暦を使いながら、必要なときだけ元号に変換してやり過ごしていく、というのが、これからの現実的な付き合い方なのかもしれない。とはいえ、「平成不況」や「令和の価値観」といった言い方には、西暦の数字だけではうまく言い表せない、その時代ならではの空気や雰囲気がまとわりついている。
この先、元号表記は官公庁の公文書や住民票などの公的書類の提出時に記入するくらいでしか目にしなくなるように思うが、「ああ、あのころは平成だったね」「あれって令和の初めくらい?」なんて話をするときに、ちょっとだけ現れて時代感覚を共有できる、とても大事な存在であり続けるだろう。
【執筆者紹介】
笹生 健司
(ささおたけし)
株式会社きんでん
情報通信本部 情報通信技術部 技監

