≪Eチケットをめぐる国際摩擦についての体験的問題提起≫
㈱オーテック
事業本部 千脇 信夫
本年2月27日、シンガポール・バンコクツアー4泊5日食事8回付き54,800円の格安ツアーに、淡い期待を胸に抱きながら6人の仲間と成田空港を飛び立ちました。
ところが、出発直後僅か(わずか)4時間で、シンガポールもバンコクも8回の食事もその日の宿も淡い期待も、それどころか帰りの飛行機も全て消え去るという驚天動地(きょうてんどうち)のトラブルに遭遇してしまいました。
事の顛末(てんまつ)を知れば「バカだなー」と思う人がほとんどだと思います。しかし、得難い数々の教訓を学びながらなんとか無事に戻って参りました。
ここに自分たちの恥を忍びお役に立てればと考え、敢えて報告致す次第であります。
第1章「雨の成田空港:極めて順調なスタート」
忘れもしません2月27日(土曜日)は、未明から激しい雨が降り続き我々の前途を暗示すかのようでしたが、お気楽6人組みはルンルン気分で出発3時間前の7時30分頃には空港に集合し余裕で搭乗手続きを済ませ、9時過ぎには出発ロビーでビールや冷酒などを各自思い思いに飲みながら待機しておりました。
そうなんです!
我々は一昨年も同じメンバーで台湾ツアーを成功させたベテランなのであります。
ここでは、普段からお腹の具合の良くないNさんも冷えたワインなどを飲んでおりました。これが、後に起こる阿鼻叫喚(あびきょうかん)の大騒動の引き金になるとは夢にも思っておりませんでした。また、出発日が土曜であったことも騒動を長引かせ加速させる要因であったことも後で知りました。さらに、このベテランであるとの思い込みが追い討ちを掛けるように、錯誤を生み決定的な誤判断を下した最大の要因であったことを思い知らされる結果となったのでありました。
何はともあれCX航空の飛行機に乗り込み、無事離陸した時には「このツアーの成功は間違いない!」と確信を持ったものでした。機内のドリンクサービスで冷たいジュースなどを飲んでいるうちに、機内食のサービスが始まりました。この機内食は、ツアーの8回の食事とは別であることを確認した時には、とても儲かった気分になり、Nさんを始めみんなで揃ってワインを飲み干していました。
この冷たいワインが第二の引き金となる危険なものだったのでした。
第2章「喧騒の香港空港:立ち往生で茫然自失」
さて、数々の破綻の予兆を抱えながら飛行機は、乗り換えの為に香港空港に着陸しました。時刻は日本時間で午後3時、香港時間で午後2時でした。シンガポール便は日本時間4時の出発予定ですので、乗り換え時間は1時間あり余裕で構えておりました。到着ロビーは2階で、3階の出発ロビーに行くには関門を通って行く必要が有り、そこには長い行列が出来ていました。ベテランの我々は、出発ロビー方面は混雑しているので、とりあえず到着ロビーのトイレに行くことにしました。代わる代わるトイレに行き、最後にNさんがパスポートをはじめとして携帯電話や財布など身の回り品一切をそばに居たSさんに預けて、丸腰でトイレに入ったのですがこの丸腰が命取りでした。冷たいものを散々飲んだNさんは、通常より長くトイレで時間が掛かってしまい、丸腰である不安感とすっかり遅くなった焦りで、一目散に出発ロビーに行ってしまったのでした。トイレの前で雑談をしながら待っていた5人は、3時30分過ぎにようやく異変に気付きトイレの中や周辺を探し出しました。
トイレの個室の一つにずっと閉まったままで、呼び掛けても返事の無いところがありました。この個室に拉致されているのではないかと疑い、思い切って上から覗いてみたら点滴を打っている小父さんに睨まれてしまいました。丸腰のNさんは絶対に3階の出発ロビーには行けないと固く信じていた我々は、お金もパスポートも持っていないNさんを置き去りには出来ないと、再度広い空港内を探し回り空しく時間を浪費させたのでした。4時近くなって空港職員に「仲間が一人行方不明になった!」と、拙(つたな)い英語で話し掛けた所、その女性は事情を知っていたと見えて大声で出発ロビーに行くようにと英語で捲(まく)し立てられたのですが、「我々は仲間を置いては行けない!見つかるまでNさんを探す!!」と断固拒否したのでありました。(実際には女性が何を言っているか良く分らず、こちらも逐一事情を説明する英語力も無く、なんとなくそんなような会話と結果になったものです)。
とうとう出発時刻の4時が過ぎてしまい、Nさんは国際組織に拉致されたか神隠しにあったかのどちらかしか考えられないと話し合っていたところに、女性職員に連れられたNさんがヒョッコリ帰って来たのでありました。無事な姿を見てホッと胸を撫ぜ下ろし、異国の地での再会を喜び合ったのも束の間、我々は更に恐ろしい現実に直面することになりました。
第3章 「空しい抗議:国際常識の壁」
トランジットに失敗した我々は、CX航空のカウンターに行くように言われ、6人揃って行って見ると、いきなり「ツーレイト!ウエイト!シットダウン!」と中年男の職員に一方的に言われ、それ以外何の説明も無い状態で放置されてしまったのです。我々はEチケットを持っており、予約は確保されていると確信を持って抗議を試みましたが、如何(いかん)せん英語が上手く喋れず聞き取れずの状態で埒(らち)が明きません。その内、やっとのことで日本語の分る女性職員から「Eチケットは、一旦乗らないと残り全てのチケットがキャンセルされますので、皆さんは今後このEチケットでは飛行機に乗れません。これは、世界の常識です。」と言われた時には、耳を疑うと同時に愕然としてしまいました。
なにしろ世界の常識です。
旅行代理店のH社に国際電話を掛けた所、とにかく自力でCX航空と交渉してシンガポールへ行けと言うばかりです。そして、シンガポールから先のことは月曜日にCX航空と交渉して見なければ分らないという冷たいものでした。必死の思いでCX航空のカウンターで交渉をしている内に、「現在4時間後の最終便にキャンセル待ちをしている。上手(うま)くその最終便に乗ってシンガポールに行くことが出来れば、後のツアーも続けることが出来る。それに乗れなければ、翌日の便で片道航空機代金5万円強を別途支払ってシンガポールに行く事になるが、それから先のツアーが継続出来るかどうかは旅行代理店と交渉しなければ分らない」という状況がなんとなく分ってきました。今出来ることは午後8時の最終便に乗れるかどうかひたすら待つことだけでした。暇なので免税店で高級ウイスキーを買ってロビーで飲むことになり、買う寸前までいったのですが、今すぐ飲むのでコップが欲しいと言った途端、免税品は空港内で飲んではいけないと言われ買うことができませんでした。
ここでも国際常識の壁に阻まれた訳です。香港ドルを持っていなかったので、千円札で安い買い物をしてそのお釣りで、一杯300円程度の蝦団子入り中華麺などを食べました。値段の割には満足のいくものですが、日本のラーメンとは全く異なる味で少し慣れる必要を感じました。
さて、午後7時頃満を持してCX航空のカウンターにいくと、中年の男の職員から手で×印を作りながら「ノーシート!!!」と大声で言われました。カウンターはごった返しており、その中年はそれ切り見向きもしません。満席でキャンセル待ちがだめだったと悟った我々は、どうするかH社吉祥寺に携帯電話を掛け捲(まく)ったのですが、月曜にCX航空と交渉するからそれまではどうにもならないと言うことが理解出来たのは午後9時近くでした。搭乗前に預けた荷物はシンガポールに行ってしまったのではないかと思いきや、香港空港にあることが分ったので、とにかくもうこれ以上空港に居たくない!早く宿に入りたい!とH社香港に宿を予約してもらい一目散に宿に向おうとしましたが、分っているのは「パンダホテル」という宿の名前だけです。多少金は掛かるが確実なタクシーにするか電車かバスにするか迷いましたが、これからいくら掛かるか皆目検討が付かない状況なのでバスにすることにしました。この決断は結果的には正解でした。なんと言っても料金は300円位で2階建てバスに乗ることが出来たのです。このホテル名だけを頼りに何回も人に尋ねながらやっとの思いで宿に着いたのは10時半過ぎでした。
やはりすんなりとチェックインは出来ませんでしたが、やっと部屋に入ったあとは、夜の街に食を求めて放浪しなければなりません。ツアーからドロップアウトした我々は、自力で生きていくしか道は残されていないのでありました。
ここに、香港サバイバルの幕が切って落とされたのであります。
第4章 (最終章)「香港サバイバル:自力で生き抜いた4泊5日」
黙っていても食べ物に有り付けるツアー客は本当に恵まれています。我々は、お金の心配をしながら何処で何を食べるか悩まなければなりません。ともかく夜11時頃ホテルの近所の安そうな食堂に入りました。何はともあれ、声高らかに「ビール!!」と注文しました。ところが、ビールは無いと断られてしまったのです。店を間違えたと思い帰りかけた所、店の主人に手招きで近所のコンビニ(サークルK)に案内され、そこで缶ビールを買って店で飲めばよいと教わりました。このシステムは放浪生活を営む我々にとっては、安く済む大変良いシステムで、以後あらゆる店で活用してなんとか食費を安く浮かせることが出来て感謝しております。特に地元香港の”サンミゲールビール” 500ml缶が11HK$(12倍すると日本円になるので132円)と安くて美味しくてお薦めです。セブンイレブンでは、どういう訳か2缶なら15HK$(180円)になるという安売りの存在を知ったのはずっと後のことでした。
ただし、このビール持ち込みシステムは高級店ではやっておりません。大衆店だけの制度です。制度と言うより、食堂でビールを持ち込んで飲んでいるのは我々だけでした。香港の人たちは共働きが多く自宅で料理を作らず、もっぱら外食ばかりでほとんどの店が食事専門でした。店は定食のメニューが豊富で朝メニュー・昼メニュー・夜メニューと時間帯で分かれており、朝6時から夜12時位まで営業していました。香港の人たちはここでビールも酒も飲まず、三度三度食事をしている訳です。料理は、所謂(いわゆる)中華料理と言うか麺類・炒め物・揚げ物が主体で野菜や魚介類がほとんど無いのに堪えました。味付けがどこかエスニック風で、肉類は香辛料が強く少し努力をしないと食べ辛い気がしました。でも、20~30HK$(300円程度)でいろんな定食が食べられて本当に助かりました。
今の所、帰りの目途も立っていない我々ですが、食事は何とかなると分りましたので後は観光です。やはり香港ならあの慕情の丘、澳門(まかお)ならカジノを覗(のぞ)いて見なくてはなりません。また、国境の町深浅(しんせん)にも行って本場中国の実態を垣間見たいなどいろいろな希望が出ました。取りあえず日曜日は香港島に行くことにし、後のことは月曜日のH社との交渉次第でどうなるか分らないので考えないことにしました。そして月曜日の火の出るような交渉の結果、本来のツアーの最終日の飛行機に追加料金一人2万円で帰ることが出来るようになりました。なんのこともありません、本来我々が乗るはずだった香港発の飛行機に追い銭を払って乗っただけのことだったのでした。
終わってみると、香港・澳門(まかお)・深浅(しんせん)を巡るおっかなビックリの手づくりツアーは、失敗も多かったけれど得難い数々の経験をすることが出来て感謝の気持ちで一杯です。
最後に一つ教訓を書きます。空港で帰りの航空券代をカードで支払う際、一人だけカードが使えないという事態が発生しました。カウンターの端末画面に「廃用」と大きく表示されていました。カード会社に国際電話を掛けようとしましたが「0120」は繋がらず、他の番号も分らず結局別の人のカードで支払ったのですが、もし一人だったらどうにもならないのでゾッとしました。やはり予備カードを持っておくべきであると痛感した次第であります。
ともかく、宿代と航空券代を除く4泊5日の食費・交通費など諸費用は1人2万円程度で済みました。香港の人たちがみんな明るくて親切で助かりました。今思い出しても、恥ずかしいような懐かしいような気持ちがして、再度行く機会があるとしたなら、やはり手づくりツアーで行きたいと思っています。
つまらない話を書きましたが、今後の参考にしていただければ幸いです。
最後になりますが、計装士会の益々の発展をお祈りいたします。